ガーベラのスタンドブーケ -はじまり-

「ちゃんとできるかな。」

新しい一歩を踏み出す朝は、期待よりも先に、不安が顔をのぞかせることがあります。新しい職場。新しい街。新しい制服。新しい教室。昨日までとは少し違う景色へ向かう日は、何度深呼吸をしても、胸の奥は少しだけ落ち着かないまま。それでも、玄関へ向かう前にふと目をやると、やわらかな花の色が静かにそこにありました。何かを語りかけるわけでもなく、「大丈夫」と励ますわけでもなく。ただ変わらず咲いている姿に、肩に入っていた力が、少しだけほどけていきます。バッグを手に取り、忘れ物がないかもう一度確かめる。鏡の前で身だしなみを整えながら、花が映り込むその景色を見ていると、今日という日が少しだけ優しく始められる気がしました。

玄関の扉を開ける瞬間。昨日までは少し怖かった未来が、今日はほんの少しだけ楽しみに変わっている。そんな小さな変化は、きっと誰にも気づかれないくらいささやかなもの。けれど、その一歩があるから、新しい毎日は少しずつ自分の景色になっていくのでしょう。

午前中は慣れないことばかりで、名前を覚えることにも、新しいやり方を覚えることにも精一杯。思っていたよりうまくできなくて、少しだけ肩を落とす場面もあるかもしれません。それでも、お昼休みにふと窓の外を眺めたとき、朝、部屋に残してきた花の姿が心に浮かびます。帰ったら、あの花が待っている。そう思うだけで、張りつめていた気持ちが少しだけゆるみ、あと少し頑張ろうという気持ちが静かに湧いてきます。

夕方になって帰ってくる頃には、朝の緊張は少しだけほどけ、「思っていたより、大丈夫だったな。」そんな気持ちが胸の中に残っています。バッグを置いて、靴を脱ぎ、部屋に戻ると、朝と同じ場所で花が迎えてくれる。部屋の空気は朝とは少し違い、夕暮れのやわらかな光が花びらを包み込みます。一日を終えた静かな部屋で、コートをハンガーに掛け、スマートフォンを机へ置き、ほっと息をつく。その何気ない日常の中に花があるだけで、「今日もちゃんと帰ってこられた。」そんな安心感が、ゆっくりと心へ広がっていきます。

窓から差し込む光は朝よりも柔らかく、花びらの色も少し落ち着いた表情に変わっています。慌ただしく始まった一日が、静かに今日という思い出へ変わっていく時間。「また明日も頑張れそう。」そう思えたなら、その日はきっと、いい一日だったのだと思います。

新しい毎日は、大きな決意だけで始まるものではありません。朝、少し勇気を出して玄関を開けること。知らない人へ挨拶をすること。分からないことを「教えてください」と言えること。その小さな積み重ねが、いつの間にか自分らしい毎日をつくっていきます。

だからこそ、新しい季節を迎える誰かへ贈る花は、背中を押しすぎない存在であってほしい。頑張れと急かすのではなく、「あなたの歩幅で大丈夫。」そんな空気を、そっと部屋に残してくれる存在であってほしいのです。

この花を選んだ人も、きっと大きな言葉を届けたいわけではありません。「ちゃんと眠れているかな。」「新しい場所で無理をしていないかな。」「失敗して落ち込む日があっても、帰る場所には、いつもの景色が待っていますように。」「焦らなくていい。あなたらしい速さで歩いていけますように。」

そんな願いは、照れくさくて、なかなか言葉にはできません。だからこそ、花にその気持ちをそっと託します。

帰ってきた部屋でその花を見たとき、「応援されている」ではなく、「見守ってくれている」と感じられるように。誰かが自分を信じてくれていることを、言葉ではなく景色から感じられるように。

そんな優しさは、新しい毎日を歩く人の心を、静かにあたためてくれる気がします。

人生には、何度でも「はじまり」の日があります。その一歩が、少しだけ軽やかになりますように。そんな願いを、この景色に託して。

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